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わからないという気持ち

「わからない」という状態から恐怖心を感じるようになったのはいつからだろう。

わからないことに直面したときに、胸の奥底からこみ上げてくるのはいつも決まって負の気持ち。ちょっと前までは、そう思いこんでいたんだ。

ふと幼い頃を振り返ったとき、わからないことに対して、「わくわく」といった好奇心で満ちあふれていた自分がいたことに気がついた。「どうして?」という純粋無垢な心がそこにはあったから。たとえ、明確な答えが出てこなくても不安になることはなかった。

でも、成長していくにつれて、あらゆる場面で「どうすれば?」という問いが先行するようになっていた。意志決定の場合、結果がでるまで安心することはできない。結果がでても、よくない結果になれば「わからない」状態に戻っちゃう。

結局、わからないという恐怖は何かを手懐けることができないことに起因していたのかな。「あなたのことがわからない」という言葉に、好奇心が存在しないように。

もし、「わからない」が頭の状態じゃなくて、気持ちであるとするならば、それは意外と心地のよいものなのかもしれない。

2020/5/29